先生の秘密
前夜祭が盛り上がっている中、私はお手洗いへ向かうべく立ち上がった。
混んでいる道場を出ると、強い西日に照らされた。
もう少し時間が経つと、きれいな夕焼けが見られそうだ。
体育館や校舎の方からも笑い声や掛け声が聞こえる。
他のチームもそれぞれ盛り上がっているのだろう。
「椿」
校舎に入ってすぐ、私は男の声に呼び止められた。
その声だけで、振り向かずとも誰かがわかってしまう。
「……奥田先生」
ジャージ姿の淳一が、私に続いて屋内へと入ってきた。
淳一はやけに神妙な顔をしている。
何の用だろう。
また混乱するようなことを言われたら嫌だな。
身構えながら彼の言葉を待つ。
「あんまり楽しそうじゃねーな。大丈夫か?」
……なんだ。そんなことで私をわざわざ呼び止めたの?
ただの先生としての仕事をしているだけだとわかって、ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちだ。
「楽しんでますよ」
「本当か?」
「ちょっと疲れてるだけですよ。私の仕事は旗を校舎に吊るした時点でほぼ終わっているので」
「……そうか。体育祭の本番は明日だからな」
こんなとりとめもない話をするために、そんな顔をしてわざわざ剣道場から出てきたの?
他に何かあるような気がして、次の言葉を待ってしまう。
「ごめんな」
淳一は突然、何の前置きもなく謝ってきた。
「ごめん」
また、謝る。
何に対しての謝罪かわからない。
聞くのも怖い。