先生の秘密
知らないふりをすること自体は、そんなに大変ではない。
朝の挨拶の時だけは苦しいけど、そのうち慣れるだろうと思う。
それ以外の時間は、彼の担当学年も違うし、校内でも顔を合わせることなどめったにない。
廊下ですれ違うことがたまにあるが、この学校のルールに従い、朝と同じように「こんにちは」と義務的に発すればいいだけだし、彼からも同じく義務的に挨拶が返ってくるだけだ。
その直後、背後から
「おっくーん」
「先生と呼びなさい」
なんていう会話が聞こえてくるが、私は気にせず歩みを進めればいいだけだ。
話しかけることすら拒絶された苦しさは、時間が癒してくれると信じよう。
そんな私にも、淳一を存分に見つめることができるチャンスがある。
昼休みだ。
昼食後、淳一は男子生徒と校庭でバスケをしている。
校庭にはゴールリングがあって、私たちの教室からよく見えるのだ。
私は茜に付き合って、教室から一緒に観戦する。
「おっくんバスケうまいじゃん! またゴール決めた」
茜がキャーキャー言っている。
そこに彼氏も参加しているというのに、彼氏の応援はしなくていいのか。
私は興味がないふりをしつつ、しっかり淳一を目で追う。
同じチームの男子とハイタッチをする笑顔が眩しい。
かつては私にも向けられていた笑顔に心をくすぐられる。
もうこの笑顔が自分に向けられることはないと思うと、不意に目に涙が浮かぶ。