先生の秘密
「変な顔してごめん。ほんとに、ビックリしただけなの」
もう一度微笑んでみる。
頬の筋肉が重いし、声が震えてしまった。
「ごめん。タイミング、間違えたかな」
中山が私の手を握る力を軽く強めた。
さらに熱を帯びていく。
「こんなの、いつだって驚くよ」
「俺だって、あんなタイミングで先生入ってきたし、ビックリしすぎて気絶するかと思った」
「あははは、ほんとだね」
中山は私が笑ったのを見て安心したような顔をした。
きっと優しい人なのだろう。
彼の手が離れた。
こもっていた熱が一気に放出され、なんとなく寂しい感じがする。
彼が立ち上がると、防具にしみた剣道場のにおいが漂ってきた。
目線が勝手に鍛えられた逞しい腕の先にある手を見てしまう。
同じ男の人の手だけど、彼の手は淳一とは形も温度も触感も全然違った。
「俺、部活戻るわ」
「うん。頑張ってね」
「俺、ヘタレかな?」
「どうして?」
「チャンスがあるかどうか、答えを聞くのが怖くなった」
中山は私にはもったいないほどに魅力的だ。
彼を好きだという女子もたくさんいるのを知っている。
だけど、今は彼と付き合うことなんて考えられない。
私はやっぱり、淳一が好きなのだ。
だから、中山にかけることばが見つからない。
「俺、椿さんのこと好きだよ。でも今は、言い逃げしとく」
「……うん」
中山はまたにこりと笑顔を見せ、教室を出た。