先生の秘密
「だよね、椿さん?」
「へっ?」
突然名を呼ばれて、すっとんきょうな声をあげてしまった。
感情の乱れに耐えるのに必死で、しばらくふたりの会話を耳に入れていなかった。
中山と淳一の視線が私に注がれている。
「あ、ごめん。聞いてなかった」
すぐにごまかしの笑顔を作る。
「なんだよー。椿さんの話をしてたのに」
淳一と目が合う。
彼の目に、やや焦りの色が見られるが、気のせいだろうか。
「私の話?」
中山は爽やかな笑顔を崩さず、無邪気に言った。
「そう。椿さんが、前に奥田先生と同い年の人と付き合ってたっていう話」
のんきに感傷に浸っていた数秒前までの自分を呪いたい。
そんな話題、正気であれば全力で回避したのに。
「む、昔の話だってば!」
ついむきになって、必要以上に大きな声を出してしまった。
再び淳一と目が合う。
まずいと思ってすぐに逸らす。
お互いを気にしてしまっていることを、中山に気づかれてはならない。
「……へぇ。すごいな。高校生にしてみれば、結構な年の差だろ」
「……そうですね。奇跡的に、私みたいな子供を好きになってくれた稀有な人とご縁がありまして」
「……そうか」
自然に会話ができただろうか。
気にする間もなく、中山が淳一に宣言した。
「先生。俺、この子が好きなんです」