先生の秘密
「中山。お前、今までの彼女全員のこと、キレイさっぱり忘れたのか?」
淳一は落ち着いた声でそう尋ねた。
中山は即座に答える。
「忘れました!」
彼はおそらく、私への誠実さをアピールすべくそう言い切ったに違いない。
中山とデートをしながら、淳一への恋心を持て余している自分があまりに不誠実に思えて、再び恨めしく感じる。
「そいつを好きになったことも、口説き落とすまでの過程も、付き合ってからの楽しい思い出も、全部か?」
「そりゃあ、記憶はあります。でも気持ちは忘れました」
自分は私に『なかったことにする』などと宣言しておきながら、それが不可能であること前提の誘導尋問を仕掛けているのが腹立たしい。
私は全部覚えている。
淳一を好きになったことも、付き合うまでの過程も、楽しい思い出も、気持ちも、全部。
「そうか。俺は覚えてるけどな。記憶も、気持ちも」
「え?」
中山と同時に、思わず私も声に出してしまった。
今の言葉を私がスルーできるわけがない。
中山に宛てた言葉とはいえ、淳一はそれを承知で言ったはずだ。
「女々しいと思われるかもしれないけど、俺は簡単に忘れられるほど薄っぺらい恋愛してきてねーし、その分傷も負ってきたからな」
「俺は薄っぺらいってことですか?」
「そうとは言ってない。どう感じるかは相手次第だし、薄い恋愛を望む女だっている」
「何が言いたいんですか」
「椿の思い出を、勝手にお前の勝負のタネにすんなってことだよ」