先生の秘密
「本当に大事なのは、くっついた後でいい関係を続けられるかどうかだよ。男は“手に入れること”ばかりに夢中になりがちだけど、女はその先を見てる」
「その先……すか」
「そう。椿みたいな賢い女は、特にな」
二人の視線がこちら向く。
もう、どんな顔をしろというのか。
私は賢くなんかない。
淳一だって承知の通り、後先考えずにひと夏の恋に走った女だ。
あの頃の私は淳一を手に入れることに夢中になっていたし、手放さなければならない苦しさのことなど考えもしなかった。
「じゃ、俺は巡回に戻るわ。遅くなる前に帰れな」
手を振って去ろうとする淳一を、中山に見えない角度で睨む。
「先生!」
中山の呼びかけに淳一が振り返る。
「俺、頑張ります!」
すると淳一はにっこり笑って言った。
「……おー。頑張れよ」
どんな気持ちで“頑張れ”なんて口に出したのだろう。
私にどうなってほしいのだろう。
淳一は私よりずっと大人で、人間としての成熟度もずっと上だ。
だから、きっと彼は迷いなくよりよい結論を導き出し、それに向け自信をもって動ける人間だと思っていた。
だけどもしかしたら、淳一にも迷いや葛藤があるのかもしれない。
というより、私について迷ったり葛藤したりしてほしい。
簡単に処理されたなんて、思いたくない。
そう考えてしまうのは、やはり私が嫌な女だからだろうか。