先生の秘密

「蛍の光」の音楽は不思議だ。

聞くと自然に体が帰宅モードになる。

その現象は私に限らず、他の利用者にとっても同じだ。

みんな号令を受けたように、一斉に帰り支度を始めた。

私も荷物をまとめてデスクスペースを立つ。

時刻は午後7時。

外はすっかり暗くなっている。

何時間も集中して勉強したのに、まだ終わらない課題が憎い。

屋外に出ると、エアコンの効いていない空気とともに、タバコの煙の臭いが漂ってきた。

駐車場の横に喫煙所があり、利用している人がいるらしい。

嗅ぎ覚えのある甘い香りの煙だ。

間違いない。

これはキャメルメンソール。

淳一の好きな銘柄だ。

この香りを嗅ぐと、自然と体が淳一モードになる。

もしかしたら近くに淳一がいるかもしれないと、ソワソワしてしまうのだ。

そして目が勝手に彼を探してしまう。

「あ」

思わず声が出た。

駐車場脇の喫煙所でキャメルメンソールを吸っているのは、なんと淳一本人だったのだ。

声を出してしまったことで、彼もこちらに気付く。

「あ」


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