先生の秘密
バイクのうしろに乗るのは昨年の夏ぶりだ。
乗り心地は全然違うが、昨年を思い出してドキドキする。
独特で微妙な距離感がもどかしい。
体の距離は近いのに、顔も見えなければ声もよく聞こえない。
このバイクは前のものに比べて安定感があるから、そこまで強く淳一の腰を掴む必要はない。
このまま腹部に腕を回して抱きつきたい。
だけど「やめろ」と言われるのが怖くて、そうする勇気がない。
「次の交差点を右!」
「了解!」
会話もこれがやっとだ。
私の自宅マンションへは、あっという間に到着してしまった。
「送ってくれてありがとう」
「おう」
「じゃあね。気をつけて」
「おう、またな」
淳一は少しだけアクセルを回したけれど、発車せずすぐにブレーキを握った。
そしてやや神妙な顔を私に向けた。
「あのさ」
「え、なに?」
「……あいつ、中山雄二」
「へっ?」
思わず変な声が出る。
ここにきて中山の名前を聞くとは思わなかった。
ここまで気持ちよく昨年の思い出に浸っていたのに、急に現実に戻されたような、残念な感覚に襲われる。
「あいつ、ええんちゃうかな」
「……は?」
「じゃあな」
私が「どういう意味?」と尋ねる前に、淳一はバイクを走らせ行ってしまった。
バイク角を曲がり、彼の姿はすぐに見えなくなった。