極 彩 グ レ - ス ケ - ル

バイクはゆっくりと速度を落し、
夏本番には海水浴場として賑わう
浜辺の駐車場にとまった。
まだ、海水浴には些か早いからか
車はない。誰もいない。

「ふー、ごめんね、色」

ネオがヘルメットを外し、Tシャツ
から水分を搾り出しながら言った。

「え?なにが?」

「結局濡れちゃったし、海連れて
 きちゃったし。怒ってない?」

「怒ってないよー!海、綺麗だし
 雨の中のツーリングも楽しかったし」

事実だった。傾き始めた巨大な
太陽は、黒い海で光を反射させて、
驚くほど美しかった。
強い日射は薄いセーラー服を既に乾か
しはじめている。夏の、匂い。
懐かしい潮の匂い。

靴下と革靴を脱ぎ、バイクの側に
置く。久しぶりの海だ、砂浜に
降りてみたくなった。
ネオは、カメラの準備をしている。

濡れた砂浜を踏みしめると、
くすぐったいような懐かしいような
感覚がした。波打ち際まで歩く。

寄せる波は、泡立ちながら後退する。

足を浸すと、冷たさを感じた。
夏本番になれば、心地よい温度だ。

海側からの急な突風で、
髪が舞った。
濃い潮に匂い、さっきまでの雨の
湿気を含んだ生暖かな温度、海の
冷たさ。全てを含んだ風は、
とても、心地よかった。

いつの間にか、ネオが隣にいた。

ネオとこの潮風は似ていると思った。
安心を、温もりを、焦りを、
切なさを、あたしにもたらす。
でも、本人はなにも意識していない。
だから、至極心地よい。

「ネオ」

「何?」

「海は、どんな色をしてる?」

「難しいなぁ」

「空も、海も、青っていう色?」

「そうだよ。でも、違う」

「違う?」

「海の、色だよ。空は今、オレンジ。
 色の好きな果物と似た、もっと
 透き通った色。海は、青にそれ
 を映してる。美しいよ、とても」

「そう。怖くはないの?」

「怖い?」

「綺麗だと、あたしも思うけど、
 海は黒に見える。太陽は灰色。
 無機質で、大きすぎて、たまに
 怖くなる。呑まれてしまいそう」

ざん、と
波が踝を打った。
砂がさらさらと流されて
皮膚をなぞるのがわかった。



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