猫とうさぎとアリスと女王
 「あの子、帰ってくるとか言ってなかった?」


紗代子さんの言葉に、私は首を傾げました。


「この家に帰って来るとか言ってなかった?キヨが家出してるのは知ってるのよね?」

「知っています。でも、帰る気は無さそうです・・・おそらく。」

「そっか。」


紗代子さんは苦笑しながら俯きます。


「まだ父さんのこと怨んでるのかしら。」


その言葉でサボのお母様が亡くなったことを思い出しました。
以前シーナが話してくれた松子さんのこと。
何故サボが家に帰らないのかという事を。


「キヨが父のことを憎んでいるのは知ってるの?母が死んだこととか。」

「ほんの少しなら聞きました。お父様がお母様の手術を担当し、それにも関わらず亡くなってしまったとか・・・。」

「厳密に言うと少し違うんだけどね。」

「・・・というと?」


紗代子さんはため息をつき、頬を指で掻きました。

“無理に聞こうとはしていません”と私が言おうとした時、紗代子さんも口を開きました。


「母の担当医は父だったけど、亡くなった日に手術を担当したのは違う人よ。

正直言うとね、母はもう手遅れだった。どんな名医がいたとしても助けられなかったと思うわ。
昔から体が弱くて、子どもを二人産めたのが奇跡って言えるくらいだもの。」


私は何も言えず、ただ紗代子さんの話を聞いているだけで精一杯でした。


「母が亡くなった日、父が手術の担当から外れたの。
その日、大きな事故があってたくさんの怪我人が運ばれて来ちゃったから。
母もそれを知って“私のことはいいから”って父に言ったみたい。

たぶんキヨはそのこと知ってるんじゃないかな。
でも知らないふりしてるんだと思う。

キヨ、お母さんっ子だったから・・・。
亡くなった時、散々父を責めて怒鳴って殴りつけたっけ。」


笑いながら話す紗代子さんを見て、私は胸が痛みました。
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