猫とうさぎとアリスと女王
 重い沈黙を破ったのは、佐兵衛さんでした。


「一体何の用だ。病院まで押しかけて。」


冷たい表情。冷たい口調。
まるでサボの訪問が厄介だとでも言わんばかりの対応でした。


「話したいことがあって。」


佐兵衛さんは眼鏡を外し、それを机の上に置きました。

長時間お仕事をされていたようで目頭を押さえています。


「俺、あんたを今でも許して無えよ。
母さんを殺したのはあんただって今でも思ってる。

あれからまた何人も殺し続けてんだろ?」


サボはお父様を見下すように言います。

貴方は、そんなことを言いに来たのですか?

私はやり切れない気持ちでいっぱいになりました。
それでも佐兵衛さんは黙って聞いています。


「あんた名医なんだろ?って俺、あの時も言ったよな。
医者の癖に自分の女の命も救えないなんてってずっと思ってたよ。

でもさ、本当は全部わかってたんだ。

あんたも俺と同じような思いをしてんだって。」


ブラインドの隙間から、柔らかな光が差してきます。


「俺、ガキだったから。
誰かのせいにしなきゃやってらんなかったんだ。

あんたには言い訳にしか聞こえないかもしれねえけど。

でもやっと、少しだけ大人になれた気がする。
だから今日ここに来たんだ。


あんたに一つだけ頼みがあってさ。」


佐兵衛さんの表情がほんの少し変わりました。


頼み?


きっと私も佐兵衛さんと同じような表情をしているに違いありません。


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