猫とうさぎとアリスと女王
 途中、手紙を出して僕は広場へと向かった。

広場にはたくさんの似顔絵描きの人がいて、観光客を相手に筆を動かしている。
その表現力の多種多様なこと。

見るだけで勉強になるから、僕は何度もここに足を運んでいる。



絵描きが軒を連ねる中で描く勇気は僕にはまだ無い。
まだ学生の身だし、得意なのは風景画だし。

だから少し広場から離れた所でスケッチブックを広げた。


賑わう広場を見ながら、僕は手を動かした。
ぼんやりとしながら。




気付けば、僕の目に映る風景とは違うものがスケッチブックに描かれていた。


ああ、またやっちゃった・・・。


「へえ、なかなか上手だね。」


僕は驚いて後ろを振り返った。

そこにはフランス人の老人が僕の肩越しにスケッチブックを覗いている。


「なのになんでそんなに悲しそうな顔をしているんだい?
絵の中の少女は満面の笑みを浮かべているというのに。」


老人は僕にそう言って、隣にゆっくりと腰を下ろした。


「気付くと、彼女の絵を描いているんです。
本当は別の絵を描かなければいけないのに、自分でもそのことはわかっているのに、勝手に手が動いてしまって。」


僕は苦笑した。

けれど老人は顔に深い皺を刻みながら、柔らかな笑顔で言った。


「君にとって彼女は、それほど愛しい人なんだね。」


僕はその言葉に何も返すことができなかった。
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