こころの展覧会

藍が僅かに腰を浮かす。
緊迫した気配を、瞬時に読みとったのだ。
だが、その足をその場に縫い止めるように、椿姫は強い目で藍を見下ろす。

「私はいい人なんかじゃない。私なんかに恩を感じる必要はない」

言いながらも、2、3歩と椿姫は後ろに下がった。

「椿姫さん?」

「私は幸せになる価値などない人間だ」

「え?」

「前に言っただろ?罪を犯した人間だと。私が犯した罪は、かつて愛した男を殺したことだ」

藍は大きく目を見張った。
ザアアと風が走る。
冷たく湿った空気が、一気に緊張感を帯びる。

「復讐だ。あいつは私を捨て、私の子を殺したのだから」

雨足が強くなる。
空が低く呻いた。
眩しい閃光。
ガシャアアァァンッ
落雷の轟音。

「本当ですか?」

藍は問う。
その声を打ち消すように、空が光った。
夜だというのに、一瞬真昼の如く明るい。

「それ以上何が聞きたい?」

告げて、椿姫は一瞥を与える。
天より降り注ぐ雨よりも、遙かに冷たい目だった。
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