こころの展覧会

「そうですね……桔梗を見ていると、母を思い出します」

藍は桔梗の前にしゃがんだ。その紫の花に触れようとして、手を引いた。

「おまえの母はどういう人だ?」

「僕を13年間、女手一つで育ててくれた人です。強くて、優しくて、真っ直ぐに生きようとする人で、たくさんの愛情を僕に注ぎ注ぎ続けてくれました……でも」

「どうしたんだ?」

「一年程前に、交通事故にあったんです。外傷は大したことなかったんですが、記憶障害を起こしてしまいました」

藍はできるだけ笑顔を保ったまま、話し続けた。

「自分の生年月日・家族・生いたち…個人史のみを完全に失うというもので、もちろん僕のことも忘れてしまいました……」

ポンっと、軽く、藍は頭を叩かれた。

「無理に笑おうとするな。つらいなら、つらいっていう顔をしろ」

「そうですね……」

そうしてまた、二度、三度と頭を叩かれるのだった。その手の温かさに、テンポの優しさに、藍は涙を流した。

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