遠目の子鬼
僕は伏せた視線を何とか上げると、なっちゃんの顔を見る。


体が震えてるせいか、視線も微妙にぶれている様に感じた。


「……え?」


なっちゃんは、短くそう言うと、ちょっと不思議そうな表情で僕の方を見ている。


「だ、だから、あの…」


僕は再び、乾いて、からからの口を何とか開いて、なっちゃんに話した。


「保孝君、無理しなくていいよ、大丈夫、彼女には、ちゃんと分かって貰える様に話すから。好きな子が居るんじゃ仕方無いわよね。頑張ってね、保孝君」

なっちゃんはそう言うと、くるりと僕に背を向けて音楽室に向かってゆっくりと立ち去って行った。


なっちゃんの背中を見ながら、僕は急激に体から力が抜けて行くのを感じた。


なっちゃん…違うんだよ。


僕は正に千載一遇のチャンスを逃したのだ。僕は、この事を、一生後悔するかもしれない。


でも、それは人生が終わってみないと分からない事だ。


今は考えない事にしよう。
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