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「失礼しましたー」


担当の先生に書類を提出して職員室を出る。

雨が降って蒸し暑い外と比べて、適温に保たれているそこはとても快適だった。


「ねぇ、不破さん」


職員室の前で、待ちかまえていた杏奈さん。

ぎらついた目は今も変わらずに健在だ。


「なに?」

「こっち」


控えめに返事をする。

しかし、私の返事を必要としていなかったのか、ぐっと手首を掴むと、杏奈さんはおそらく自分の目的地に私を引っ張る。

ずんずんと先を進む杏奈さん。

その後ろ姿は痛々しくて、掴まれた手首には彼女の気持ちの現れか、ぎりりと痛む。



渡したくない、どうしても。

私の方が好きで仕方がないのに。

なのに、どうして。


―ガラッ


乱暴に教室の扉をあける杏奈さん。

切羽詰まったその様子に、恐怖心が沸き上がる。



ねぇ、どうして。


「…私、もう手段は選ばない」

「え…っ!」


胸ぐらを掴まれて、ぐっと引き寄せられる。

間近で見た杏奈さんの表情は、勝ち誇っていた。


それに、何故か敗北感を味わう。


「く、るし…っ」

「もう、なんでもいい。由貴が好きなの」


願うような、か細い声。

弱々しい声とは裏腹に、彼女の表情は自信に満ちていた。

するりと、杏奈さんの手から力が抜ける。


「だから―――」

「わっ!?」


体を強く押されて後ろに倒れ込む。

無防備な状態で体勢を構えていたためか、踏ん張ることも出来ずにぐらりと体は傾いた。


―がちゃっ…


部屋の鍵が閉まる音が聞こえた。


「な、ちょ…っ」


急いで倒れた体を起こして駆け寄るも、ドアはしっかりと鍵が掛けられていた。

ドアの向こう側にいる杏奈さんと目が合う。


「邪魔しないでね」


自嘲的な笑みを浮かべて、遠ざかって行く杏奈さんの後ろ姿。


「ま、待ってっ!」


咄嗟にあげた声は届かない。



ねぇ、どうして私じゃないの、由貴。

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