左の草履
「お前今日急ぐんだろ、早く帰れ」
「はいはい」
兄ちゃんがそう言うと、女の人は返事をしながらさっさと靴を履いた。
その時、ふわりといい匂いがして、僕は驚いた。
「じゃ、お邪魔しました」
そう言って、女の人はさっさと帰ってしまった。兄ちゃんも、出ていったらさっさと二階へ上がっていく。
僕は兄ちゃん!と呼び止めた。
「ん?」
兄ちゃんが振り向いて僕の顔を見る。僕は心臓をドキドキさせながら切り出した。
「あの人、兄ちゃんの彼女?」
すると、兄ちゃんは目を見開いた。
「え…いや、ないない!あいつはただの友達だよ」
「なんだ…」
僕が落胆したのを見て、兄ちゃんは困った顔をした。
「なんだって…そんなん言われてもなぁ。どうしたんだよシズ、いきなり」
僕は黙りこくった。兄ちゃんに付き合ってるか聞いた理由は簡単だ。今日の倉田さんの事で、聞きたいことがあったからだ。だって、分からないことが一つだけあったから…。
兄ちゃんがもし付き合っていたなら、というか兄ちゃんがあの女の人のことが好きなら、相談できると思ったのだ。
「どうした?片想いでもしてんのかよ、シズ」
「え、ち、ちがうよ!」
いきなりそんなことを言われて僕は顔が熱くなった。