彼と僕の横顔
今に至るまで
その日の朝も日差しが強かった。夏が過ぎ、蝉の鳴く声はどこかへ流れた季節。僕は暑さを感じながらも白いシャツに腕を通し、未だに慣れないネクタイを鏡を見ながら締めた。

「母さん、そろそろ行く時間だから。」
「そう、じゃあ気をつけてね。いってらっしゃい、奏」

また今日が始まる。

自転車に乗り、朝の風を切る。まだ寝ているのか、人々の声はしない。風に揺られる木々の音。花の香り。道路を横切る猫。静かで穏やかな世界。
バイト先のスーパーまでは自転車で5分も掛からない。ただ面倒なことが嫌いな僕はいつも自転車を使う。周りの景色を楽しむこともそこそこに、僕は駐輪場に自転車を止めた。

「桜井さん、お早う御座います。」
「おお、若いのが来たか。早く入れ。」
「今、準備してきます。」

小走りで二階の従業員用の更衣室へと入る。桜井さんは僕の祖父くらいの歳で、ベテランの事務員の人だ。ビクビクしながらここへ入った時、溢れる笑顔で声を掛けてくれた。あれから一年。スーパーの早朝の事務仕事も、少しは慣れてきた。昼夜逆転の生活を送っていたのも、今となっては信じられない。五時に目が覚め、六時には家を出ている今の生活。懐かしい想いを胸に秘め、エプロンをした僕は走って一階まで駆け下りて行った。
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