あの男は私に嘘をつく
「あんた帰ってなかったのかい。」








「うん、今帰ってきた……。」






久々に見た母はなんだか痩せた気がした。夜の仕事でも、母はウチにはめったに帰ってこない。………誰かの家に泊めてもらっているんだろう。でもそんなことはどうでもよかった。久し振りに母に会えて、私は心が躍っていたから。










カバンを床に置き、酒で汚れたテーブルをせっせと片付けながら、母の横顔を見た。酔っているのだろう。もともと酒に強いほうではなかった母の目はうつろだった。それにしても……。








「お母さん、飲みすぎじゃない??身体のこともあるんだし…。」






そう言って母が持っていた飲みかけのビールの缶を取り上げようとすると、かっと目を見開き、私の頬を叩いた。缶はそのまま床に落ち、床に黄色い水たまりを作った。酒のにおいが部屋に充満し、吐き気を誘った。









「ガキがごちゃごちゃうるせぇんだよっ!!!」








私は部屋にあがり、鍵を閉めた。暗闇を月が照らしている。今日は…満月だった。ぼうっと窓に近寄って、壁にもたれかかった。







昔から母のことは嫌いじゃなかった。母が夜の仕事をしてるのも、男をとっかえひっかえで連れてくるのも、すべて私のためだと思ってた。今だってそう。イラっときても、私は母には手を上げられない。お父さんが家を出る前の、母の幸せそうに笑う顔が、そのとき頭に浮かんでくるからなんだ――――。
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