消える前に伝えたくて
「パパ、ママ……」

差し出された傘を見て、少年はそう言う。

「耕太、学校へ行こう」

そう言って、父は少年の腕を強く引いた。
少年は父の手を振り払い、声を上げる。

「やだ! せっかく飛房に逢えたのに……」

少年のその言葉に顔を見合わせた父と母は、少し戸惑いながら少年の言葉を否定する。

「何を言ってるの耕太? 飛房はもういないでしょ」

母のその言葉に、父も続く。

「飛房はもう死んでいるんだ。逢える訳ないだろ! 学校へ行こう、耕太」

「ねぇ飛房、また一緒に遊ぼうよ」

少年は、父と母の言葉を無視して飛房に話掛ける。

雨が止んだ気がした――。

「ありがとう。僕は君の家族に育てられて幸せだったよ」

笑顔の飛房から放たれるその言葉は、雨の音を遮り数メートル先まで響き渡った。

少年は飛房の言葉を聞いて全てを悟った。
飛房が消えてしまうと言う事を……。

脈拍と鼓動は次第に速くなり、どうしようもない不安と大切な物を失った悲しみが、少年の声帯に声を発する事を促した。

「待って、何処へも行かないでよ……ここに居て!」

あの悲しみを、また味わいたくないと願う少年の声は、無惨にも雨の音で掻き消された。
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