Symphony V
実の母を手にかけてからというもの、人を殺した感触を消し去ることができずにいた。だから俺は、より多くの人をこの手にかけていき、そして、母のを殺した感触を、必死で上書きしていった。

結果。
残ったものは。

この手にかけた多くの人たちの恨みつらみ。
そして、眠れない夜だけだった。

あの日も消すことのできないこの感触に、ずっと悩まされていた。
あの男からの依頼を見て、君たち親子のことを思い出した。

先代のことを知る唯一の人物。
そして、俺のことを知っている唯一の人物。

俺は君たちに会うために、日本に戻ってきた。

君の両親は、俺の事を覚えていてくれた。
あの時から成長し、代わった俺の姿を、声を。

そして同時に、俺の中に不安が生まれた。
俺の正体を知っているこの人たちに、俺が今まで犯した罪を知られたらどう思うだろうかって。

怖くてたまらなくなった。
知られたくない。
ただその気持ちだけが俺の中にふくらみ、渦巻いていった。

こんな仕事はもうやめようと、あの男にそう伝えようと思ったときだった。あの男が俺のしてきたことをばらされたくなければ、仕事をしろと言ってきた。

あの夫婦は、唯一俺のことを人として見てくれる人だ。
失いたくない。だから嫌だと断っていた。
けど。

『いつかばれるかも知れない、その不安と恐怖を、一生背負って生きていく自信はあるのか?』

あの男の一言で、何かが壊れた。
そうだ、殺してしまえば、永遠に、俺のしてきたことがあの夫婦にばれることはない。

俺の出した結論が間違っていると気づいたのは、あの夫婦を手にかけた後だった。
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