ただ、声をあげよう。
「びっくりしたじゃろ」

じいちゃんは仏壇の前に戻ったあたしに麦茶を入れ替えてくれた。

「お代わりしたかったら勝手に冷蔵庫から出して来い。あんまり冷えとらんで氷入れてもよかよ。わしは台風来る前に畑にカバーかけてくるたい」


ぬるい麦茶を一口すする。

今、覗き込んだばあちゃんの部屋を思い起こした。

ばあちゃんは元気だった。


体だけは。


ばあちゃんはあたしが覗き込んだ6畳の和室の電灯に黒い布を掛けて、窓に黒い布を張ってた。

薄暗い部屋の真ん中でばあちゃんはあたしが小さい頃に使ってたプラスチックの子供用の食器を並べて、鼻が茶色くなったキューピーちゃんをその前に行儀よく座らせていた。

ばあちゃんはキューピーちゃんがかぶった薄い布の頭巾のすそを引っ張りながら、何度も頭を撫でてしきりと何か話しかけていた。

部屋を覗き込んだあたしの腕にダッコちゃんがあるのを見ると、やおら立ち上がってあたしに話しかけた。

「ああ、うちの豊、抱っこしてもろて申し訳なかです」


手を伸ばしてダッコちゃんを抱き取ろうとした。

じいちゃんはあたしの腕からダッコちゃんを引き剥がすとばあちゃんにそっと手渡した。

ばあちゃんはまるで本当の赤ちゃんを抱くように、ダッコちゃんの首をひじの関節でしっかりと固定して上からタオルをかけた。


じいちゃんは無言であたしの体を外に向けて、肩をぽんぽんと叩いた。

あたしは障子を後ろ手に閉めて、じいちゃんと和室に戻った。




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