【短編】君のすぐ隣で
変わらない日
つん、と鼻を指すような、涙が出てくるようなあの匂いが、リビングの戸を開けた瞬間鼻に広がった。
この匂いは……、
寿司によく挟まっている、アレだ。
薄緑のぬべっとしたあの物体。液体?気体?とにかく変なアレ。
私はこの匂いは好きではない。
むしろ嫌い。食べられない。
朝のリビングから、何故こんな匂いがするのかは、あえて聞かないでください。
「………臭い」
「ん? おお、早南(サナ)おはよう」
「――お兄様。あれほどまでに朝からワサビを食べるのは止めてと言ったのに」
「美味いんだもん。ほれ」
「む、無理無理無理!」
匂いの元となるワサビは、兄の持つ食パンの断面にべっとりと付けられていた。
我が家では、このパンを『ワサパン』と呼んでいる。下手すりゃどこかで売りにでているかもしれない。
その辺のコンビニとか。
ワサパンを美味しそーうに頬張る兄貴は、見ているだけで悲しくなる。
悲しく、哀しく。
その哀しくなる理由のひとつとして、この男は整った顔立ちをしている。血縁者なのかと疑うくらいに。
身内でも溜息が零れるほどの美形である。
美青年、そんな現役男子校生がワサビの付いたパンを朝から食べているなんて、
何とも異様な光景でございますが。
それとは真逆に。正反対に。
ワサビが大の苦手な妹・私はワサパンを近づけられただけで顔を歪める始末。
「美味いのに。ワサパン美味いのに」
もぐもぐワサビ付き食パンを食べながらぼそぼそ独り言を嘆く彼を私は、
身内だとは思いたくなかった。
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