俺と葉月の四十九日
俺は安田を振り返る事ができなかった。

耳の奥、聞こえていた自分の鼓動しか意識していなかった。

安田に気付かれたくない。

それしか頭に無かった。



「私あの時、圭ちゃんの背中で泣いてたんだ…」


安田の言葉で、俺の意識は戻された。


「…泣いてた?」

安田はうなづき、地面に視線を落としながら言った。


「私、圭ちゃんにはずっと近くに居てほしかった。変わらずに近くに居てほしかったから」


近くに…?


「圭ちゃんは、私が信用するただ一人の男の人。圭ちゃんが居る…それだけで安心できた。私がどうして、いつも圭ちゃんにチャリに乗せてって言ってたかわかる?」


俺は首を振った。
そんな俺を見つめ、安田は瞳を細めて笑った。


「圭ちゃんの背中が大好きだった…近くに居るって安心できる大きな背中が好きだった」

「………」

「チャリの周りの冬の冷たい風もね、圭ちゃんが前に居てくれるから私は寒くなかった。守られている様な気がして安心できたの」


…そんな風に考えていたのか、安田は。


わからなかった、気付かなかった…守られているのは俺の方だと……。


いつも、安田に励まされていたから。
< 241 / 267 >

この作品をシェア

pagetop