―ユージェニクス―
黒川邸、一階廊下。
「拜早」
こちらに向かって歩いてきた少年に気付き、咲眞は名を言う。
「あの子、逃がせた?」
「たぶん……」
「たぶん?」
キャップを被った頭を掻く相手に、目を細めて聞き返した。
「黒服に追い付かれたからな…突き当たりまでは説明したし、ちゃんと出られたと思う…あの辺他の扉開けても倉庫ばっかだし」
「そう…」
なら大丈夫か。
とりあえず安堵して、咲眞は手にしていたスタンガンをしまった。
「で、そっちはどうだった?」
そう訊ねた拜早に対し、咲眞は首を横に振る。
「ハズレだね。下っ端は知らないのかな…拜早は?」
「駄目だ。今の黒服にも出遭った奴らにも聞いたけど…収穫無し」
「黒服全部に聞くのも面倒だし、確実に知ってる奴に聞いた方が早いかな」
「なら…やっぱ蓋尻か」
眉を顰める拜早。
咲眞が溜め息を衝き口を開く。
「この後黒川に呼ばれる予定なんだけど…流石にあいつには聞けないよね、むしろ他の娘は気にするなとか言われそう」
「…おまえさ、なんで監視カメラ切れてるのにあの子の前で女のフリしてたんだ?」
急にごもっともな拜早の問いに、咲眞は化粧のままの顔で答えた。
「だってあの子危ない目にあったから」
「あの倒れてた黒服?おまえがやったんだよな」
「うん。あの状況で僕実は男です、なんて言ったらあの子拒絶間違い無しでしょ。だから女の子で通した」
「…成る程」
確かにそれで面倒な事になっては、美織を助けるのもままらなかったかもしれない。
…だが危険な目に合わせてしまったのは事実だ。
あの時探検と称して美織を黒川から遠ざける気でいたものの、面接部屋周辺の勝手が分からなかった揚句、案外早く見つかってしまった。
各自個室を用意させられた時も何か来るのではと思っていたが…
(あの黒服、僕よりあの子の方が好みだったのかな?)
今そう思い返して咲眞は少し笑えた。
勿論あのオートロックの扉も、カードキーを差し込む機械を軽く分解して咲眞が手早く開けている。