―ユージェニクス―




黒川邸、一階廊下。


「拜早」

こちらに向かって歩いてきた少年に気付き、咲眞は名を言う。

「あの子、逃がせた?」

「たぶん……」
「たぶん?」

キャップを被った頭を掻く相手に、目を細めて聞き返した。

「黒服に追い付かれたからな…突き当たりまでは説明したし、ちゃんと出られたと思う…あの辺他の扉開けても倉庫ばっかだし」

「そう…」

なら大丈夫か。

とりあえず安堵して、咲眞は手にしていたスタンガンをしまった。


「で、そっちはどうだった?」

そう訊ねた拜早に対し、咲眞は首を横に振る。

「ハズレだね。下っ端は知らないのかな…拜早は?」

「駄目だ。今の黒服にも出遭った奴らにも聞いたけど…収穫無し」

「黒服全部に聞くのも面倒だし、確実に知ってる奴に聞いた方が早いかな」

「なら…やっぱ蓋尻か」

眉を顰める拜早。

咲眞が溜め息を衝き口を開く。
「この後黒川に呼ばれる予定なんだけど…流石にあいつには聞けないよね、むしろ他の娘は気にするなとか言われそう」

「…おまえさ、なんで監視カメラ切れてるのにあの子の前で女のフリしてたんだ?」

急にごもっともな拜早の問いに、咲眞は化粧のままの顔で答えた。


「だってあの子危ない目にあったから」
「あの倒れてた黒服?おまえがやったんだよな」
「うん。あの状況で僕実は男です、なんて言ったらあの子拒絶間違い無しでしょ。だから女の子で通した」
「…成る程」

確かにそれで面倒な事になっては、美織を助けるのもままらなかったかもしれない。

…だが危険な目に合わせてしまったのは事実だ。

あの時探検と称して美織を黒川から遠ざける気でいたものの、面接部屋周辺の勝手が分からなかった揚句、案外早く見つかってしまった。

各自個室を用意させられた時も何か来るのではと思っていたが…

(あの黒服、僕よりあの子の方が好みだったのかな?)

今そう思い返して咲眞は少し笑えた。

勿論あのオートロックの扉も、カードキーを差し込む機械を軽く分解して咲眞が手早く開けている。


< 132 / 361 >

この作品をシェア

pagetop