―ユージェニクス―
「……」
閉じた扉から離れ進もうとするが、白髪の少年はなんとも言えない顔をしている。
「おい咲眞…」
「何?」
呼び止められ振り返った。
「あれ、いいのか?」
拜早が黒川の扉を遠慮がちに指したので、咲眞は目を細め溜め息を衝く。
「茉梨亜を助ける事と黒川を邪魔する事、どっちが大事?」
「……そりゃ、…でも」
「文章になってない」
口に衝いた単語しか出なかった事を普通にたしなめられた。
「黒川と同じ部屋に居れば、また拜早吐いちゃうよ?」
「悪かったな…それでも、……今居た奴ら…」
その後を続けなかったが、拜早が言いたい事は分かっている様で。
咲眞は少しだけ押し黙った後、口を開いた。
「ほーんと、拜早はお人好しだねぇ」
口調はやってらんないというニュアンスを含んでいるが、咲眞の顔はそう言っていない。
「咲眞?」
「仕方ない、先に行っててよ」
思いもよらない相方の言葉に目を開く。
「な……」
「僕が黒川の蛮行にヨコヤリ入れてくる、拜早は茉梨亜の所に行って」
そう言って咲眞は踵を返す。が、拜早の表情は戸惑ったまま。
「おい…っ」
「すぐ追い付くよ。部屋に居た子達と黒川を引き離すだけだし」
咲眞は拜早の茶の目を見据え、口の端を上げた。
「気にしないで…僕図太いから吐く事はないよ。……ほら早く」
「あ……あぁ」
拜早は半ば追い立てられる様に頷きその場から駆け出す。
見届け、咲眞は先程閉めた豪華な観音扉の前に立った。
「……黒川、か」
小さく苦笑。
つい先程、自分は“あずさ”として黒川を前にした。
その時も、今も、やはり気持ちは変わらない。
――自分は黒川を怨んでいる。
茉梨亜を
拜早を無下にした。
それは絶対許せない。
ただ――
「もう、縛られたくないって思うのは駄目かな…」
統べて受け入れて、そして前に進んでもいいだろうか。
もう悔やむのも嘆くのも終わりに――
「“茉梨亜”の時といい…僕メンタル弱いな」
溜め息と共に思い切り扉を蹴飛ばした。