―ユージェニクス―
紀一の言葉は茉梨亜を制止させるのに充分だった。
茉梨亜は酷く戦慄した瞳で見上げる。
「……ほ、本気で言ってるの?」
「俺だって殺しはしたくないさ。けど茉梨亜に危険が及ぶなら仕方がないだろう?」
紀一のその薄く笑みを現す目に、虚勢など含まれない。
「――」
茉梨亜は無意識に紀一の袖を掴んでいた。
「どうした茉梨亜?なにも心配する事は……」
「……」
また涙が零れた。
言葉が続かない。
ただ自分は殺されるのも嫌だけれど、あの二人が居ない世界も想像出来なかった。
「……さないで」
「茉梨亜、俺は茉梨亜が居なくなるなんて考えられない。侵入者が君を殺しに来るなら、俺はそれをどうあっても必ず止める」
決意する声色は真剣で。
紀一は涙する茉梨亜を抱き留めた。
「茉梨亜、何も心配するな…君はずっと此処に居て、俺の……」
そっと微笑む。企む様に、静かに。
茉梨亜にそれは見えていない。
ただ紀一の腕の中で、何も分からない子供の様に震えていた。
「ここだ……」
黒川の息子の部屋の前。
息子の事はあまり知らない。息子も茉梨亜を……?
扉を開けるのには勇気が必要だった。
情けないが、この向こうに茉梨亜が居ると思うと気が引けた。