―ユージェニクス―
――まさか黒川の息子が格闘家とは思わなかった。
いや格闘というのは語弊があるか。
ともかく紀一は拳の喧嘩に長けていた。
「ぐふッ!」
腹に一撃。
拜早は確かに体術を使うが喧嘩のそれではない。
それでもスラムや黒服の適当な相手なら余裕だが、純粋に強い喧嘩に拜早の生半可な型はあまり意味がない。
その点では峯の動きは体術に近かった。
が、紀一のそれはただの喧嘩…しかも滅法強い。
「ギ…!!」
無理矢理身体を掴まれ薙ぎ払われる。拜早は壁際の装飾品へ突っ込んだ。
「ふむ…これでは一方的だな、力量がこれなら、大人しく帰った方が身の為と思うが」
「は、……誰が帰るか…」
ガラリと音を立てて立ち上がる。
(何、だ?俺こんな動けなかったっけ…)
流石に疲れが出たのか。
拜早だって体術が多少出来るだけの普通の人間、今まで黒川邸を走り回っていた上につい先程峯らとも戦闘したのだ。
「…なら起き上がれなくするまで」
近付く紀一、それに向かいナイフを投げた所で軽々避けられるだろう。
更に、一般的よりかなり広いとはいえここは一つの部屋だ。
障害になる家具は多く、立ち回り易さにも欠ける。
「チッ!」
ならもう自分も喧嘩殺法で行くしかない。
「……」
ベッドではやはり茉梨亜が縮こまりながら震えていた。
何故二人は戦うのか。
まるでヒロインの取り合いだと茉梨亜は頭の隅で思った。
「……ふ」
顔は引き攣っているのに笑えてくる。
自分なんてヒロインでもなんでもない。
そう本気になって取り合う価値などない。
だが価値などなくとも現にこの状況だ。
紀一が勝てば、きっと自分はこのまま。
拜早が勝てば自分は殺されてしまう……
「……や!」
考えを振り払う様に一字だけ音を吐く。
涙の溜まった目を見開いて……
そして思い出した。
紀一が勝てば自分はこのままだが、もしかすれば……
(拜早は、紀一に負けても諦めないかもしれない……私を殺す事を……)