―ユージェニクス―
「茉梨亜、これは心底君を殺したいらしい。弱ったぞ…」

そう言うわりに表情は全く弱っていない。
まるで愉快という言葉を噛み殺した風に紀一は笑っている。


「おま、え……」

「ん?」

紀一は拜早の頭を落とす。

ドサリ と重力に引かれて尚、拜早は目だけでそれを見上げた。

「さっき俺達の名前を…茉梨亜に教えたって言ったな…」

「それが?」

「なら…峯との話を聞いてたって事だ……」

片膝を立てて、身体を起こす。

「俺らが茉梨亜を殺しに来たんじゃない事……始めから知ってたんだろう…?」

このまま跳躍し紀一の首にでも手刀を入れれば一発だ。


「あぁ。だからそれは」


だが紀一には隙がない。
さっきも今も。


「君達の嘘だろう?」



嗤(わら)う。

それは酷く屈折した――

紀一の奇怪な信念を思わせた。


「茉梨亜、俺は言ったね?君に危険が及ぶなら例え侵入者を殺してでも護ると」

紀一は拜早を見据えたまま茉梨亜へ呼び掛けた。

つまり、これは。

(こいつ、俺を殺す気だ…!)

理解した。
紀一の思惑。
奴は拜早と咲眞の目的を分かっている。
その上でこう仕立て上げるのは、茉梨亜に対し自分の立場を正当化する為。

部外者に茉梨亜の横を許さないという…独占欲。


「……」

ベールの奥からはなんの返答はない。


「……どうやら茉梨亜も容認してくれたらしい、侵入者。“やむを得ず”俺が君を殺しても恨まないでくれよ?」

「……」

…実感がない。

口から出す言葉は柔らかいものを選んでいる紀一だが、それでも殺気は充分過ぎる程現れている。

しかしそれでも拜早には今自分が殺されそうだという実感がなかった。

こんな時に頭が麻痺したのか…



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