―ユージェニクス―
事務に戻ろうかと思ったが、なんだか足が進まなかった。


それが気があるという事なのだろうか。

……もう少しだけ居たかった。


(不毛だわ、私)

近くの椅子に座って渋い顔をする。


気になりだすと止まらなかったが、管原が疎い事は分かっていた。
だから普段通りに装っていれば問題なかった。

ただ職権乱用で会いに来れる。

ずるい事してるなと思ったが、管原は絶対振り向いてくれないのだし、大丈夫だと言い聞かせた。

「……ま、ここまで疎いとも思わなかったけど」


もしかしたら、という期待が無かったわけではない。


けどそれは会う度に実感させられる。

口ではなんと言おうと管原はあの人だけ。
取り繕って、一人で耐えている。


自分は仕事でここへ来られるが、あの人は仕事でここへ来られない。


だから自分はずるいと思った。


「ずるいくせに叶わないって、どうなの」


でも仕方がない。

この男は一筋な男だったのだ。

いや、そういう男になった?らしいのだ。


なら自分がやれる事は少ない。

あの人の仕事が終わるまで、仕事づくめの彼の身体が壊れない様にしてあげなければ。

動機不純と世話好きとが共存している状態だが……
今はこれが精一杯の欲で、棗の幸せだった。


「絶対叶わないけど……想うだけだから、許してね」



少し苦笑を落として、棗はそっと診療所を後にした。


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