―ユージェニクス―
「だから、逃げるんだって」
拜早の言う意味が解からなくて、首を傾げる。
「咲眞……おまえなら上手くやれるだろ?逃げてくれ」
頭を振った。
「出来ないよ、拜早……今の僕じゃ頭回らないし、拜早だけそんな、残るなんて」
無機質な場所に連れて来られて暫く経っていた。
拜早の髪は何故か白髪が目立つ。
――そうか、この時既に拜早は
「僕だけ逃げたらそれこそ拜早はどうなるの」
「だから!おまえだけでも……ここはなんだか変だ。咲眞は関わっちゃいけない」
真剣な顔を覚えてる。
拜早の方がナンバリングが早かったから、きっと先に何かされたんだ。
そして忠告してくれている。
それは解る。でも。
「拜早……僕はたぶん、もう正気じゃない。君を置いていけば、その後どうなるか、どうするか分からない」
「……二人して潰れるより、おまえだけでも外に出た方がいいに決まってる。茉梨亜もあんなになって……俺もたぶんやばい。ならもうおまえしか動けるやつはいないから!」
「拜早…」
「俺が手筈するから、逃げてくれ」
二人一緒に逃げる、とは言わなかった。
拜早は何を悟っていたのだろうか。
それでも、もし自分が残っていたら拜早を怪物にさせなかっただろうか。
……。
「拜早……本気で言ってる?」
「当たり前だ」
二人してまともに物を把握する力がまだあったなら、恐らくはもっと良い方法があった筈だ。
だが思考回路はあの悍(おぞ)ましい屋敷で既に焼き切れていたから
単純な事しか
考えられなかった。
そしてあの逃走劇。
やっぱり何をどうしてスラムに出たのかは覚えてなくて
ただがむしゃらだったのと
茉梨亜を失った事
残した拜早への罪悪感
自分の無力さに潰されて
最後は暴走したんだ。
「その結果が拜早と咲眞を忘れて、綺麗な茉梨亜に……か」
自嘲を隠さずに呟いた。