―ユージェニクス―
「弾くん、研究所でお仕事?」

「あぁ、まーな。おまえらここ出る時は戸締まりヨロシク〜」

「じゃあね、みんな危ない事しちゃダメよ」

「ハイハイ」

咲眞の返事を背に聞いて、棗が先に診療所を出る。


「ところで……拜早クン」

自分の荷物を纏めながら、管原が口を開いた。


「なんすか?」


「おまえ足の調子どお?」


「足って……」
茉梨亜が拜早の足に目をやる。

拜早は普通にしてはいるが、彼の両足は黒川紀一に銃で撃たれているのだ。


「ん…別に、問題無いですけど」

「そうか」

管原の短い返事。

それに茉梨亜は違和感を感じた。



「包帯、取ったりしてないよな?」

「あぁ。管原サンか、勅使川原サン?に言われてからの方がいいと思って…」

その返答に頷いた管原は、少し苦笑している様に思える。

そして何事も無かったかの様に鞄を肩に掲げた。


「そんじゃー行ってくるわ、おまえら遅くならねぇようにな」


「うん、行ってらっしゃーい」


明るく手を振る茉梨亜。

その横で、管原の立ち去る背中を咲眞はじっと見つめていた。






「どしたの咲眞、顔怖いよ?」

「え……そう?」


茉梨亜も咲眞の隣に並んで椅子に座る。


「でも……うふふ、咲眞があたしのカッコしてたなんてね」

「もういいからそれ、恥ずかしいんだよ案外…」

珍しくも咲眞が顔を赤らめている。

「色々あったんだ、僕達も」

そして溜め息混じりにそう言って、咲眞と拜早は目を合わせた。

そう、色々……あった。



「うん、そうよね。あたしだけの問題じゃない……拜早も咲眞も」

消えない記録が出来てしまった。


思い出にならない。記憶として残したくもない。


ただそうであったという、記録。


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