―ユージェニクス―
診療所の中はひやりとしていた。
寒い、ではなく、どこか冷たい。
そんなだから一瞬ここの主は留守かと思ったが、鍵が開いていたのだからそれはないだろう。
「あ」
案の定、奥から水流の流れる音と共に男が顔を出した。
「おー茉梨亜、昨日ぶり!」
「弾くーん」
珍しくも管原は無精髭をはやしていなかった。
「ん、どうした。俺の顔に何か付いている?」
「うぅん、むしろ付いてないというか……」
管原が髭剃りを面倒臭がらずやっている事はそうない。
明日は雨か。
「朝から研究所での仕事があってな。適当な顔じゃ出勤出来ねぇわけ」
社会人は辛いのだよ、などと軽口を言う。
「ふーん、って!今は弾くんの社会人事情なんて二の次よ!!」
思い切り茉梨亜にあしらわれる。
だがこの管原にしても、拜早の事を知っていないわけはない筈だ。
「弾くん、拜早が研究所に連れて行かれちゃったの!!」
「あらー、やっぱりな〜」
「……」
「……」
意外と何でもない感じで返された為、茉梨亜は一瞬固まった。
「……なななっなんでそんなアッサリしてんの!?」
「なんだ濃い反応を期待してたのか」
「違うわよ!弾くん、拜早が連れてかれる事知ってたの!?」
「ノーコメントッ」
「なっ……」
まさか黙秘をされるとも思っていなかったので呆気に取られる。
「何よ、ノーコメントって…!!」
「まぁ茉梨亜一旦落ち着け。そして俺の話を聞け」
両手を上下に軽くパタパタとさせて管原は茉梨亜に目配せする。
それは椅子にでも座れと言っていた。
「拜早は難儀だったなぁ」
「難儀とかそんな場合じゃないのよ!ねぇなんで連れていかれたの!?研究所は中で何してんのよー!」
抗議のつもりが茉梨亜は偶然にも本題を切り出していた。
(あ)
茉梨亜は内心それに気付いたが、これは自然でなかなかいいかもと思って押し通す事にする。