―ユージェニクス―
それは……微かに記憶の中に残る名前だった。

研究所の内部事情など今は気に留める時間もないのに、口が勝手に動いていた。

「その名前……ねぇ、シアは何を知ってる?僕達が何をされたか……君も同じ事を研究所にされてるの?」


「……」

シティリアートは言い淀んだが、首を横に振る。


「駄目だよ咲眞。折角外に出たんだから、もうここに関わったら駄目……」

「シア……」

一度陰りを見せたシティリアートは、大きく顔を上げる。

「咲眞も、ねぇ、お兄さんも……関わっちゃいけないんだ」

折笠も含めて忠告をした。

その表情には切羽詰まる様なものがあったが、しかし折笠は目が合っても冷静に口を開く。


「……関わろうとは思わない……が、調べる事が沢山あるんですよ。それが今の僕の仕事ですから」

そして背後の扉……シティリアートの部屋のドアを押し促す。

「少しでいい、彼女の質問に答えられますか?」

彼女、とは咲眞の事だ。廊下では色々と危ういだろう、その警戒は悪くない。


「……ねぇシア、拜早の事も分かるなら、教えてくれる?」

掛けていた細淵の眼鏡を外し咲眞も問い掛けた。

「……」

シティリアートは顔を伏せながら自分へ設けられた簡素なベッドに座る。

真っ白で汚れのないそれはシティリアートを中心に波紋した。


若干の渋る様な間があって、しかし見つめてくる二つの視線にシティリアートは小さな口を開く。


「研究所に何をされてるのかっていう話だけど……研究所が言うには、カラダの発展なんだって」

「カラダの発展…?」

咲眞に疑問符が浮かぶ。ここでは確か、STI……つまり性感染症に関する研究をしているはずなのだが。


「ボクや拜早みたいな人は全部で100人ちょっとだったかな……咲眞もそこに入ってたけど、でもナシになったって」

「ナシ?僕が逃げたから?」

「それもあるけど、そもそも今は外の人はヒケンシャにしないみたいだよ、予防摂取がどうとか……だから300後半の番号辺りからはみーんな色んなのスラムの人か、予防摂取受けてない人なんだって」

人の話を立ち聞きしただけだけど、とシアは少し苦笑した。

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