―ユージェニクス―

咲眞は気付いたようにゆっくりと折笠を見た。

「そっか……だから僕を放っておいたのか……」

逃走したナンバー445を。

塔藤が言っていた“徹底的に君を捕獲しようと思えば造作も無かった”の裏を理解する。


「?」

折笠は首を傾げていた。


「……とにかく騒ぎにした方が内密処理にはされにくい。それに地下にも動揺が行けば色々便利な気がしない?」

咲眞は壁際に掛かる赤い非常ベルのロックパネルを外す。


「……へぇ」

折笠は誰にも聞こえないような小さい関心を笑みで示し、そして手元に納めていたカード状の音声レコーダーをカチリと止めた。


「騒ぎに乗じてというやつですか。けれどその格好になって良かったんですか?」

折笠は咲眞自体を指差した。
メイクは完全に落ちているので、顔立ちに問題があるなら童顔設定でいくしかない。

「……あんな格好してたのは研究所に入る為だったからね」

「でも何故佐倉さんを選んだんです?」

折笠の目はまるで「女装癖でもあるんですか」と訴えている様だった。

「……あのね、ここに侵入出来そうで見合ったデータがその人しかなかったんだよ」

不本意だという顔で咲眞は溜め息を衝く。

「まさかこの歳で人生三回も女装するとは思わなかったな」

「え」

「情報収集なら白衣の方が出来るし、何処を歩いてても適当に誤魔化しが効くでしょ。って何変な顔してるの折笠さん」

折笠はなんとも言えない不安を咲眞に覚えたようだった。

「……あ、いえ。でもその髪の色じゃ研究員として目立つのでは」

「あぁ……塔藤さんの助手ですとか言っとけばなんとかなるよ」

その言葉を最後に、咲眞は手元の非常ベルを押した。

つんざく様な酷い金具音が鳴り響く。


「折笠さん、行こう」


「え、何処に……」


「5階」

茉梨亜が居た所へ……



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