―ユージェニクス―
管原が口を開く。
「俺はこのデータ収集は潮時だと思うよ。それにあの二人のやってる事も、な……」

「…上はどう言ってるの?」


「初めはその茉梨亜を研究に引き込む案も出たが、結局拜早は送還中に逃走って噂をスラムに流したらしい。これなら茉梨亜もまぁ不審には思わねーだろうしな。てか、機関の連中が拜早と茉梨亜の関係なんか知るわけねぇし」

「まぁ…そうなんだけどね」


棗はどこと無く疲れた様に肩を落とした。

管原はプカプカと煙草を吹かす。


また、沈黙が流れ……




それを掻き消すかの様な高い声が診療所に響いた。


「弾くーん居るー?!ちょっと聞きたい事があるんだけどー!」

その声に管原は跳び上がった。
「茉梨亜だ!!!」
「えっ茉梨亜って茉梨亜ちゃん?!」
「例の茉梨亜だよっ棗ちょっと来い!!」
「えっ何?!」
管原は立ち上がった棗の左腕を素早く掴むと猛スピードで引っ張りそのまま奥のトイレへと駆け込む。


「……あれ?声がしたと思ったんだけど」

診療所の扉を開けると、ガランとした診察室が広がっていた。

靴箱の横には傘立てがあり、そこには黒の男物の傘と、同じく黒色ながらデザインが綺麗な女物の傘がささっている。

(弾くんの他にも誰かいるのかしら)

そう思いながら茉梨亜も傘立てにビニール傘を置き、診療所に足を踏み入れた。

靴箱に元々入っているスリッパに履き変え…


(あ、やっぱり女の人だ)

靴箱に黒のヒールが入っているのを見つけた。




「(ちょっと弾何事なの?!)」

診療所のトイレは狭く、人が二人も入ってしまえばきつくて苦しい。

状況的に思わず鋭くも小声で話す棗を、背の高い管原は両壁に両肘を付きながら焦った口調で続ける。
「(いいか棗、茉梨亜がやって来た!)」
「(分かってるわよ!)」
「(あれはさっき話した新庄茉梨亜だ。驚くなよ?絶対平常心でいろよ?刺激を与えてややこしい事にでもなったら)」
「(分かってるわよ私適応力あるんだから!でも……)」

気丈だった棗は少し言葉を濁した。

「……でも?」


「…ちょっと、苦しいわ」



「………ここ狭いからな…」



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