―ユージェニクス―
「香さん……ほんとに、それで良かったの……?」
「良かったよ」
真摯に頷かれ、茉梨亜は酷くショックを受ける。
それは香に対してのものではなく、香と似通った事をされていた自分への。
香と違って自分はただ、色んなものを傷付けるだけで終わったのだと。
そう思うと……
「香さん、ずるいよそんなの。どうして……あたしなんか……」
「茉梨亜」
声が。
「僕達はここに何しに来たんだっけ」
「……ぁ」
項垂れかけた茉梨亜を呼び戻した。
「そうそ。このままじゃ侵入者の君達を通報しなきゃならないんだけど」
香も今やるべき事を思い返し、どうしたものかと壁に掛かる内線電話を見やる。
と……
「え?」
見開いた香の眼は、急に視界に入ってきた折笠を捉える。
つい今まで割れたガラス壁に居た折笠の間合いが一瞬にして香の背後を取って、
「なっ……」
驚く間も無く、後ろから首を叩かれそのまま香は前のめりになる。
それを、茉梨亜と咲眞はただ唖然と。
いや、あまりの瞬間の出来事で動けなかったし、声も出せなかった。
「グッ!」
しかし香は足を踏み込み辛うじて倒れない。
覚束ない足取りながらも素早く折笠から離れて向き直った。
「おや、軽減させましたか」
「咄嗟にね……あのね、首は下手したら死ぬよ?分かってんの?」
どうやら香は身体が勝手に避けてくれたらしいが、一気に警戒を強めた。
「大丈夫ですよ、加減は得意なので」
「ちょっと、貴方何者?この二人の友達じゃないでしょ?」
「すみません、出来ればもう騒ぎにしたくないんです。貴方が僕達に構わないで下さるなら強行には及びません……」
下手にすら出ていない折笠の発言に、香は「そんな事言っても…」と食い下がりかけ
「……!?」
明らかに動揺した。折笠が作業着の胸ポケットから何かを出したようだが、咲眞と茉梨亜の角度からは見えない。
二人が訝しそうに折笠の背を見つめる中、香が何故か丁寧語で言う。
「……冗談……ですよね?」
「冗談でこんな物持てませんよ。道を、開けてくれますね」
その声は妙に事務的だった。