―ユージェニクス―
小さく咲眞が呟いたのを、茉梨亜は聞き逃さなかった。

「何なに!?なんか気が付いた事あった!?」

「いや、えーっと……」

既に三人はは一階へ辿り着いている。
使った階段が非常用のものなので、目の前はメイン廊下に繋がる非常扉が立ち塞がっていた。

「ほんとにもしかしたらの話だけど……僕ら、黒川に捕まってから殆ど抵抗出来なかったじゃない?」

「うん」

「茉梨亜と引き離された時も、僕らが黒服にお世話になってる時も、抵抗出来なかった。仕方ないなって……もうどうでもいい、って、思ってた」

「……」

俯く茉梨亜は、表情が歪むのを噛み殺す。

嫌な、思い出。


「……それがおかしいなって、ずっと思ってて」

「……へ?」

咲眞の疑問の矛先が分からず顔を上げる。

「……」

折笠は口を挟まず、非常扉の向こうを警戒しながら聞き手になっていた。


「あのね……茉梨亜、僕と拜早だよ?」

「え?うん、……え?」

「拜早とか元々運動神経いいんだし、僕だってこんなだし」

言って、白衣を羽織った肩を竦めてみせる。


「あ……、そうだよね……」

……そう。

茉梨亜を助けに黒川邸に侵入する計画を立てたりだとか、研究所に入り込める企てをしたりとか。

そんな行動力が、あるのに。

「確かにあの屋敷は凄くショックな事ばっかりだったし、泣いたりもした……だからって」

だからといって

「僕が、黒川の屋敷から“逃げ出す事をしなかった”のは、絶対おかしい」

『逃げ出す計画』すら立てなかった。
茉梨亜も拜早も大切な人なのに

「助けたいって、考えになってなかった。頭が働かなかった」

そしてそれは研究所に売られた後も。

「研究所に来させられて、拜早は僕を逃がしたんだ。今なら必ず拜早も連れて逃げる事を考えるのに」

「さ、咲眞がパニックしてたからとかじゃなくて……?」

「それは否定しないけど、拜早を放っていくのがちょっと信じられない。僕拜早好きだし」

「うん、知ってる……」

なんかもう公認の様に茉梨亜は真顔で頷いてしまった。

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