―ユージェニクス―

「………え?」


茉梨亜は、背筋に気配と狂気を感じ、反射的に振り向いた。


――ザクッ



赤い物が跳ねたのが横目に映る。

一体何が?

振り向いた茉梨亜の後ろには、ナイフが浮いていた。


――様に見えた。

実際は勿論ナイフは人の手によって握られている。

雨が強過ぎて視界が酷く悪い。
だがナイフを持っているのは白い少年だと気付いた時、茉梨亜は胸が落ちる様な恐怖を覚えた。

「……は、……ぃ……痛…ッ!」


白い少年と向かい合う様にして、茉梨亜はその場に座り込んだ。

左肩から溢れんばかりの血が流れ出ている。
右手で肩口を必死に押さえても、降り注ぐ雨も手伝ってただ肩が、腕が赤く染まるだけ。

「な……なんなのよあんた……!!」


「……ククッ」


不気味に笑った少年の態度に、茉梨亜はある事件を思い出した。


「あんた…し、白の怪物!?」


今スラムで話題になっている“白の怪物”。

確かにこの少年の風貌は、以前スラムの掲示板で見た警告文の内容と同じである。

――白の怪物

無差別に暴行を加える殺人未遂者。


「やっやばい……」


茉梨亜は必死で立とうとするものの、恥ずかしくも腰を抜かしてしまった。


ぱしゃり と、少年が茉梨亜に近づく。


「それにしてもよく避けたな、今回は首を狙ってみたんだけど」

「……ッ!」


「どうせそれじゃ動けないだろ?楽に殺してやるよ」

「……だ、誰があんたなんかに!!」

茉梨亜は厳しく少年を睨むものの、肩で呼吸する傷口が激しく痛む。

「ふん……」

鼻で笑った少年が茉梨亜と目線を合わせしゃがみ込む。

それでも二人の間は滝の様な雨で遮られていたのだが……




「…………茉梨亜?」






口を開いたのは少年だった。

疑問符を浮かべた様だった。



だがそれは茉梨亜も同じ事……

「な…んで、あたしの名前……!?」




「茉梨亜……茉梨亜は」


小さくそう言うと、少年はナイフを握り直した。



「“茉梨亜”は殺す!!!」

「……!!?」


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