―ユージェニクス―
「黒川のやっている事は…研究所員の俺でも知っているつもりだったが」


「…本当に?」

咲眞が、管原の目を見る。

「あれは…人間が見過ごしていていいものなのかな……?」




戦慄…

と言えるかもしれない。

咲眞の異様な一言に、管原は酷く悪寒を感じた。


「…何が、あった…?」

「……何が?」

呟いたのは…拜早。

まるでその視界の前に悍ましい生き物でも居るかの様に、目を見開いている。
狂気を帯びたそれは、普通に生きているだけでは決して現れなかった顔だろう……


「何か…されたんだろ?」





「ぅ……ぇ」


鳴咽。







「…悪ぃ…洗面所、借りる」


突如、ふらふらと足を踏み出し拜早は部屋の奥へと消えた。





扉を開け、閉める音。




代わりに咲眞がコーヒーカップを簡素な棚に置き、口を開く。

「…拜早は優しいから…自分を犠牲にしたんだ」

この咲眞も、顔色に覇気が失せている。

「犠牲だと…?」

太陽が陥る瞬間の、橙色が痛く眩しい。


「自己犠牲…拜早のそれを黒川も分かったみたいでね…抵抗しなければ茉梨亜を返すって言ったんだ。そんなわけないのに」

「……けど、呑んだんだろう?」


「うん…拜早は呑んだ。僕なんかまだマシだった、拜早がされた事に比べたら…」



顔を上げ、咲眞も窓を見る。


外は広がる空間すらない、冷たい瓦礫が日色に染まっている。



「でも愛しい人には…綺麗でいて欲しいものでしょ?」

呟く。

「たとえ嘘だとしても、それが心で分かっていても信じたい時って、頑張っちゃうんだよね……」




そんな咲眞の言葉に、何かを思い出すかの様に管原は目を細めた。

「…そう、かもな」







「けどさ、やっぱり、当然の様に……あいつは茉梨亜を放さなかった。拜早を弄ぶだけ弄んで、僕はこんな性格だから無理矢理抵抗したけど……それすら楽しまれて。そして…」

虚無を帯びた…そんな声色を一度切る。


薄く息を吸い、唇を開いた。



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