空の姫と海の王子
──由紀は静かに目を開いて
今まで口を付けていたカップを見た
カップに注がれたばかりで
湯気を立てるカフェオレは
小刻みに小さく波立っている
カチャリと小さな音を立てて
カップをソーサーの上に置くと
窓の外に視線を移した
路地裏にある“free style”の一階の窓からは
隣の建物が邪魔をして壁しか見えないが
由紀はその壁のずっと向こうを
静かに、ジッと見据えていた
「始まりましたね」
カウンターの中のマスターの声に
由紀はコクリと頷いて立ち上がった
椅子に掛けてあった白いコートを取り
フワフワと暖かそうなそれに袖を通しながら
出入り口のドアに向かう由紀の後ろ姿に
同じくカウンターに座っていた優が声を掛ける
「忘れましたか?」
「忘れてないよ」
「ならば戻って座っていて下さい。命令は出ていません」
「…………」
淡々とした優の口調には
少しばかりの怒りが込められていた
由紀はドアの前で足を止め
目の前に立ちふさがるひかりを見上げた
「そこをどいてほしい」
「無理。聞こえなかったの?命令は出てない。あたしはあんたを行かせる訳にはいかないの」
腕を組んでそう言い放ったひかりだが
由紀はそれでも表情を変えない
真っ直ぐにひかりを見つめる瞳に
迷いなど微塵も無かった
そんな二人の姿を心配そうに見つめる玲と蘭
ひかりは大きな溜め息をついた