空の姫と海の王子


「──海斗!」 


前を歩く黒いコートの男の背中に
大声で呼び掛けた陸の声に
海斗は立ち止まって振り返る


「お前らよく出て来れたな」

「お前こそ何で出てきてんだよ」

「理由はどうせ同じだろ」

「だろーな」


海斗と陸はそう言って笑いあうが
奈々は二人が歩き出しても
立ち止まったまま上を見上げていた

視線の先にあるのは
廃れた古い建物の二階 

先ほど割ったばかりの窓からは
白いカーテンが風になびくのが見えるが

逆にそれしか見えないことが
奈々にとってはとても不安だった


「なーな、行くぜー?」

「ええ…」


呑気な陸の声にすこし
歯切れの悪い返事をする奈々

二人に追いついても
渋い顔をしている奈々に
海斗は小さな溜め息をついた


「なんか分かんねーけど、追ってこないならそれでいいんじゃねえの」


「罠かもしれないわ」

「あいつはそんな事出来るほど器用じゃねえよ」  

「あら、随分仲がいいのね」

「ま、色々あったからな」 


そう言って笑って、また歩き出した海斗に
二人も歩き出しながら目を合わせた


記憶を失ってからの海斗の笑みを
二人は初めて見たから

 
奈々はもう一度窓を振り返って
すぐに前に視線を戻したが
その表情は酷く不機嫌だった





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