空の姫と海の王子
先程までとは桁違いの速さで景色が変わる
「……なんて、都合のいい事なんて起きないわよね。」
少しだけ早く通り過ぎる景色を
ぼんやりと眺めながらため息をついた
ゆっくりしている暇など無いのだが
今の無力な自分こうするしかない
人の気配の全くしない街はまるで
ここだけが不自然に時が止まったようだ
大きく掲げられた飲食店の
赤と黄色の色彩がまた目に入って
ハッと、能力者協会のビルを見上げた
距離が縮んでない…?
飲料水の自販機の電光掲示板は
チカチカと時刻を示す
走り出してから15分は経過している
そして陸のこのスピード
到着とまではいかなくても
多少は距離が縮んでもいいはず
口元に手を当てて考えこむ奈々の
視界の端に黄色と赤が入った瞬間
奈々は勢い良く振り返った
黄色と赤の色彩の看板は
先程見たものと全く同じで
陸が引く台車はすぐに
電光掲示板付きの自販機も通り過ぎた
「くっ!」
奈々が人力車を引く陸を前に蹴り飛ばすと
そのままの勢いで車体が前にひっくり返る
人力車が盾の様に二人の姿を隠したのと同時に
トストストス、と何かが刺さる音が聞こえた
「いってーな、おい!」
顔面着地した陸は擦りむけた顔を拭いながらも
道路に転がる砂利を目の前に迫る影に投げつけ
影が怯んだ隙に大きな立て看板の裏に隠れた
「あっれれー?おっかしいなー、能力は使えないって聞いてたんだけどなー?」
よっ、と。
赤が点滅する信号機から飛び降りて
見覚えのある黒いコートが視界に入る
左肩に輝く"EARTH"のエンブレム
肩につくくらいのココア色の髪
奈々が息を呑む音が聞こえた
陸だって、呼吸が一瞬止まったのだ
「ねえ、隠れてないで出てきてほしいなー。じゃないと、」
殺せないでしょ?
そう言って笑った瞳は見間違う訳がない
頭上に広がる空と同じ色をしていた