学び人夏週間
手とか顔とか、あちこち濡れてるし、冷たいし。
なにより生徒が見ているし。
体をよじるが、強く抱き締められて解放してもらえない。
「大丈夫だった? 風邪引いてない?」
二人でイチャイチャしているときのような甘い声が耳に響く。
愛しさで心と体が温かくなるが、甘えるのは我慢。
我々は講師として振る舞わねばならない。
「見ての通り、何ともないよ。松野が見てるから放して」
「あ、ごめん……」
自分が何者かを思い出したように、俊輔が私を解放した。
そんな私たちの様子を見て、松野が苦笑いを浮かべている。
「俺もいるんだけど」
言いながら部屋に入ってきたのは重森だった。
松野以上に呆れた顔をしている。
「あれ、重森じゃん。なんであんたまでいるのよ」
「別にいいだろ」
ぶっきらぼうに答えた重森。
俊輔がニヤリと笑って付け加える。
「こいつも行くって聞かなくってさ」
ああ、なるほど。
松野が心配だったのね。
「一人で部屋にいたってヒマだからな」
「ヒマぁ? お前、課題終わってないだろ。勉強してろよ」
「夜やるし」
「絶対だぞ」
二人が来て賑やかになった山小屋。
もうしばらくおしゃべりをして、4人で外へ出た。
雨がっぱで雨を凌ぎながら、一本道を下ってゆく。
重森が松野の荷物を持っている。
松野に持ってきた雨がっぱを着せてあげたりもしていたし、好きな子にはとても優しいらしい。
松野はというと、サックスを入れたケースを大切そうに抱えている。
前を歩く二人を眺めながら、私は小声で俊輔を咎める。
「あんたね、ああいう時はまず、私じゃなくて、松野の心配をしなさいよ。生徒なんだよ?」
俊輔はそれがなんだとばかりに言ってのけた。
「仕方ねーじゃん。俺、彩子の方が大事だし」
講師としては失格かもしれないが、彼氏としては100点満点の答え。
幸せな気持ちになって何も言い返せなくなった私も、講師失格なのだろう。