ハート
せっかく邪魔者の院長がいなくなって開放感に浸っていたというのに、今度は患者かよ…



などと内心思いながらも、慌てて口をふさぎ 姿勢を整えて笑顔で挨拶しておいた。




「こんばんは~。今日は、どうされましたか?」

いつもの決まり台詞。


「えーと…先ほど電話したんですが、交通事故の大野という者です」



まっすぐな黒髪の、整った顔立ちの人だった。
キリッと整えられた眉と、大きな瞳が印象的だったのを覚えている。



「あ、はい。聞いております。少々お待ちください」


彼に初診用の紙に記入をお願いし 私は院長を呼びに行った。

まもなく院長が来て、彼は診察室へと案内された。

私はいつも通り、カルテのチェックをする。



大野真人
26才。
職業まではわからないが、保険証を見る限り たぶん普通のサラリーマンだろう。

事故に合ったのは2週間ほど前で、実家に帰って車に乗っていた際に後ろからトラックに追突されたらしい。
完全なる被害者だ。

首から肩にかけてを痛めているようである。

ってことは、首の牽引と電気治療がメインか。






それからしばらくして、急に混み出して忙しくなったため それきり彼のことを気にとめている暇もなくなった。

気がつけば彼はいつの間にか治療が終わり、帰っていて 私もバイトが終わるころには彼のことなどすっかり忘れていた。


家に帰ると案の定、バースデーケーキが用意されており、 お父さんとお母さんと弟が祝ってくれた。

いつも通りの平凡な誕生日だった。







こうして私の19才の誕生日は、静かに過ぎていった。

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