宙(そら)にとけて、しまう
1.海の香り

地<2>

もうすぐ夏休みという夜、
なかなか眠れなくて
わたしは布団の中で何度も寝返りを打った。

ふと思い出して、
かばんから、昼間もらったゾウのぬいぐるみをたぐりよせ、暗がりの中で、ふわふわした優しい手触りをたしかめる。
今日はわたしの誕生日だった。
わたしは、15歳になった。

「わたし、ヒロカ、15歳」

口に出してもピンと来ない。
15歳、16歳、17歳。
それくらいの年頃を、もっと輝くような季節だと思っていたけれど、
相変わらずわたしは普通だ。
悪くはないけれど、良くもない。

手のひらにおさまるくらいの、小さなピンク色のゾウは、ミサコがくれた。
「あ、あれかわいい」
ずいぶん前に一緒に行った雑貨屋さんでわたしが言ったのを、
ミサコが覚えていてくれたのがとても嬉しかった。

お母さんがケーキを買って来てくれた。
お父さんと、お母さんと、妹と、
家族四人でケーキを食べた。
食卓が賑やかに盛り上がるような、
そんな仲良し家族じゃ別にないけど
それでもケーキで祝ってくれるのはなんだか嬉しかった。

時々わたしは、
涙が出るほど今がいとしくてたまらなくなる。

それなのに
どこかでここは本当の世界じゃないと思っている。


ここはガラスかプラスチックでできた透明の模型の中
わたしだけが呼吸をして
ものを食べて、どろどろに消化して、
放っておけば腐ってしまうような
生々しい身体を持ち
いつかこの大きな模型の底が抜けて

落ちる

薄暗くて
湿った匂いのする
黒っぽい泥の中に

だって本当はこの世界は黒い泥で
わたしは透明なガラスの夢を
見ているだけなのだから
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