Turning Star
「この声に身を任せれば、……貴方は楽になれるのですよ……。」



不意に、聴いただけで腰が砕けてしまいそうなほどの、美しい声が、
微かに脳裏をよぎった。
駄目だ、……この声を聴いちゃいけない。
本能がそう告げているのに、耳を塞ぐ手は一向に動こうとしない。
まるで、一音一音を、何一つ聞き逃す事なく、この耳で捉えようとするように。
意識が朦朧としていく中、僕は、近付いてくる影に気付けなかった。































「……狂ったショーは、もうすぐ終わりです。
 貴方は、どうするのですか……?
 戦わなければ、……貴方は救われ、その心を失わずに済むのです……。
 さぁ、……愛しい子よ、選択の時が来ました。
 私は、勿論、…………貴方に救われてほしい……。」



姿のない影だけの存在が、しかしながら、その温もりが、僕の身体を包み込んでいく。
それは、心までも侵食して、抵抗する余地を与えてくれない。
耳元で囁かれているような錯覚に陥り、いや、実際そうなのだろうと思いつつ、
僕は、ただ、その言葉を黙って聞いていた。
鼓膜から入り込み、身体中に、甘い毒のように滲み渡り、心を麻痺させてしまう劇薬。
それを呑んでしまったが最後、二度と戻れないような気がした。





















「…………っ、止めてくれ……。」


だから、僕は、……必死の思いで抵抗した。
力が入らない身体を懸命に動かし、その温もりから逃れようとした。
それは、一瞬虚を突かれたかのように静止した。
少し距離を取り、思いっきり地を蹴ると、次の瞬間、視界が歪む感覚に襲われた。
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