夢みる蝶は遊飛する
昨夜、電話を切った後しばらく放心状態だった私は、祖父母のいる階下へと降りていった。

突然の出来事に困惑した表情は見せまいと、唇を噛みしめて引き結んだ。


そしてリビングでテレビを見ている祖母と、背を丸めて足の爪を切っていた祖父に、こう切り出した。

“父に会いたいから、東京に行く”と。

もう少し良い言い方があったのではないかと後悔したけれど、あのときの私には、その言葉を発するだけで精一杯だったのだ。

どんなに冷静さを装ってみても、混乱状態から抜け出せていなかったのだから。


数秒の沈黙が、その場を重い雰囲気に変えた。

いぶかしむような祖母の瞳。

けれど祖母がその口を開く前に、祖父が震える声で呟いた。


「今なんて言った」


その震えが怒りからくるものであることは明白だった。


「なんて言ったか訊いているんだ!」


祖父が木目調のローテーブルに、手のひらを思い切り叩きつけた。

突然の出来事に、私と祖母はびくりと肩を上げた。

寡黙な祖父が声を荒げるところを、私は一緒に住みはじめてからの数ヶ月、一度も見たことがなかった。

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