夢みる蝶は遊飛する
九年に満たなかった。
私が父と過ごした時間は。
それは私が記憶している年数だから、もしかしたら違っているのかもしれないけれど。
私には、自分自身について知らないことがある。
きっと両親しか知り得ない事実がある。
隠された真実。
一度も訊ねたことはなかったけれど、今思えばおかしいのは明らかだ。
でも母はもうこの世にはいないし、父だって喋れる状態ではないだろう。
もしかしたら私は、一生悲しい夢をみるのかもしれない。
居場所を見つけられなくて、彷徨いつづけるのかもしれない。
人間の優しさに触れても、どうしても素直にそのあたたかさに身を委ねることができない自分のままで。
いつまで偽りの笑顔を張りつけていればいいのかもわからず、かといってこの仮面を剥ぎ取るすべを持たない、無力な私のままで。
知らないことがあるというのは、ひどく恐ろしかった。
それが自分の過去に関する重大な事実であるならなおさら。
ずっと私はそれを知りたいと望んでいた。
すべてを知ることができたならそこに、私を現実に繋ぎとめておくなにかがあるかもしれないから。