夢みる蝶は遊飛する


けれど、それ以上の泣きごとは飲み込んだ。

代わりに誤魔化すように微笑んで、父の顔を見つめた。


「お願いがあるの。お母さんに会えたらね、もう一度、一緒に過ごしてほしい。私が言えることじゃないって、わかってる。
でも、お願い。お母さんにも、幸せになってほしいの」


母の人生は、なんだったのだろう。

私が握り潰してしまった母の未来は、どんなものだったのだろう。



ふと、父の手元でなにかが光ったことに気がついた。

私が触れているのとは反対の手。

握っていた父の右手を布団の中に入れ、ベッドの反対側に回る。

すると、父の左手の薬指に、陽光をうけて輝く指輪を見つけた。

それはふたつ、連なっていた。


そのうち根本の方の指輪は、なかなか古いものだということがわかった。

これは、父と母の愛の証。

父のものと対である母の指輪は、形見として私が保管している。


もうひとつは白い輝きを放つ、真新しいものであった。

夏希さんとのものであることは、一目瞭然だった。


なぜ、父は結婚指輪を二つも填めているのだろうか。

というよりも。

なぜ、離婚した母との繋がりをまだ身につけているのだろうか。



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